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1999/04/25
[ RuRu - 百年の歌、聞かせて - ]
〜気付かぬであろう茶番〜

 まず最初に断っておくと、RuRu関連の話であるが、今回はあまりRuRuに関係のない話である。

 私は人生をもてあそぶ話が嫌いだ。
 やれ「消滅」とか、「ラストツアー」だとか、そういった他人に人生の選択肢を突きつけるような話が嫌いなのだ。
 もし他人が他人の人生にコミットできるならば、それは相手に選択肢を与えて、あとは自分で選べ、とするまでだと思う。
 例えば、「オリコン何位以内に入らなければ、別の業種に転職」という企画があったが、もし失敗していたら、その人は一生人生を呪って生きるかもしれない。要する「あいつのせいだ」という言い訳を与えることになってしまうからだ。

 まぁ、その話はおいといて、なぜ茶番と言うか。それはこの場所、インターネットの存在と情報スピードが眼中に無いように感じるからだ。
 インターネット世代、情報は一夜にして世界を3周半は駆けめぐる。気付かずに一晩寝ていると、そこには全く別の世論ができあがっていた、なんてこともある。
 はっきり言って、このインターネットという超スピードの完全市場経済情報網を、きちんと認識しているかどうかによって、21世紀に上手く立ち回れるかどうかが決まってくるわけである。

 さて、やっとこさ最初の話題に戻る。
 「オリコン6位以内に入らなければ消滅」や、日曜日毎に「大問題勃発」、あるいはイベントがどうだったとか・・・・
 RuRuがメンバーの「太陽とシスコムーン」は現在ディリーのチャートで既に3位から4位をマークしている。それは、ココココを見ればすぐわかる。
 21日からの一週間が計測の対象となるのであるが、25日現在、インターネット上では、「存続はほぼ確定した」というのが暗黙の事実である。
 そして、インターネットに接続できる人ならば、Yahooに行って、「太陽とシスコムーン」、次にBBSをあされば、すぐにこの情報にアクセスできるのである。
 つまり、テレビ番組のプロデューサーはインターネットに接続してさえいれば、ちょちょいのちょい、かつ0円で得られる情報を使って、「ドキュメンタリータッチ・衝撃の事実」的番組を作り、来週放送するわけだ。

 底が浅い。つまらない。白けてしまう。

 テレビという媒体を使って、金を湯水のごとく使って、公共の電波を使って何かを流すならば、ネットにつないですぐ得られる情報じゃなくて、せめて私たちがどう足掻いても得ることのできない情報、あるいは得ることが非常に困難な情報を見せて欲しいのだ。それがプロだろう。
 ASAYAN(その番組であるが)と対極とも言える「電波少年」はその辺が上手くできていて(拉致系の企画に偏りがちであるが)、得ることのできない、あるいは得ることが非常に難しい情報で番組を構成している(ただし私はこの番組嫌いである)。せめて非難覚悟の上で、人の人生を弄ぶならば、せめてこれぐらいやってくれ。
 それがプロだろう。
 RuRuはRuRuで変わらないし、初めて身近に存在した、世界で通用するかもしれないヴォーカリストだと思っているが、くだらない茶番ならば、誰のためにもならないからやめてしまえと思う。

 

 さて、そのインターネットの情報を眺めていて気付いたことだ。

 おそらくこんなことを書くと、ファンから非難囂々かもしれない。
 実はイベントでもネットでも、グループ内でRuRuの人気は絶大で、誰も口に出して言ったり書かないが、(「太陽とシスコムーン」を否定しないものの)おそらく誰もが「太陽とシスコムーン」後の彼女のソロに期待しているのだ(どうやらファンとして、こういったことを口に出すのはタブーのようだ)。

 私もそう思う。
 それはおそらくRuRuの歌が、一番最初に流れた瞬間、全ての人の頭の中に刻み込まれた意識だ。

 しかし、同時に私はこうも思う。
 日本の芸能史に存在した、割とアイドル目のグループは、そのどれもが未来的展望を持たなかった。例えば、少女隊、セイントフォー(板谷は同級生だ!)、近いところではMAX、SPEED。この人達が仮に存続を続け、40才、50才になったときの姿を想像できるか? 下手をすれば、落ち目になってばら売りでヌードだ。
 でも、実は目指そうと思えば未来はある。誰もトライしたことがない本格的コーラスグループだ。
 マンハッタントランスファーや、日本で言うと(だいぶ格は落ちるが)ハイファイセットの位置がそれだ。
 何十年という時間、ずっとコーラスを聴かせ続けてくれるのであれば、それは幸せな未来であると思う。
 しかし、その課程でダンスを捨てて、世界を捨てて、セールスとしてはむちゃむちゃ売れるわけではなく、好きな人だけが聞いてくれる歌だけで勝負することになる。その課程で、他の3人はものすごくつらい時間を過ごさなければならないだろう。なぜなら、そのタブーはおそらく彼女たち自身も気付いている事なのだ。
 それでも、全てを承知の上で4人まとまって行くならば、それは継続の美徳だと思う。

 でもそうでないならば、滅びの美学をターゲットにおいて、他人の手による物ではなく、自分たちで明確なゴールをどこかに設定して、それに向かって全力疾走して欲しいと思う。


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