さようならのカストラート

 もうバレバレなのであるが、私は以前某製造業の経理部で働いていた。その在籍中の半分は子会社への補充要因として、実弾担いで第一線の営業マンをしていたのである。
 当時本当に会社は危ない状況で、事務といわず開発といわず、ほぼすべての若者は「第1線を体験すべし」みたいなわけのわからない理由で現場に投入されていたのである。赤字とはいえなまじ巨大企業だけあって、当然のことながら若者の多くは「何で俺がこんなことを」と、まじめにとりくみゃしなかった。とくに開発関係の連中は、修士号とか持っていやがるもんで、現場のたたき上げの課長さんに「車洗っといてや」といわれても、無視しては軋轢を起こしてた。おのずと成績なんかあがりゃしない。別に自慢じゃないが、私は新入社員の工場の実習の時も、粉骨砕身取り組んで、終わる頃には現場で一目を置かれる工員になっていた。郷に入っては郷に従えで、営業のときもそうである。というより、本当に会社はやばかったので、多分このまま転籍になって、神戸に骨を埋めるんだろうな、と思っていたのである。本社からは矢継ぎ早に、優遇退職精度の案内がきやがる。移れ移れといわんばかりだ。でも本社から出向の形を取っていると給料が高いので、通告されるまでは粘ってやれと思って、そのままの身分で成績を上げることだけに専念していたのである。
 実際相当売る営業マンだった。気分が乗らない月もあったが、一応キャンペーンといえば、ほぼみなノルマを達成して、ご褒美に海外旅行に要ったものである。当然相当羽振りも良かった。●●●販売業というのは、●を売ると、おまけで●●や●●●を売る機会にも恵まれ、売れば売るほど儲かるシステムになっている。しかも成績が上がれば報償単価も上がる。私の周りにはいなかったが、外国製品を扱う業種の人たちなんて、総合商社みたいに●●や●まで転がすやつがいたもんだ。でもそれはあくまでも、セカンドビジネスというとか、およそ本業で成績を上げている人間には、会社は黙認するのが業界の常だったのである。あくまでも私は何もやっていないが、それでも相当羽振りが良かったのである。
 ご想像のとおりに、相当遊びまくった。おねいちゃんをとっかえひっかえして遊びまくった。「芦屋の駅前にお客さんのすし屋があるんや。おごったるからいけへんけ。」とか、「うまいベトナム料理屋があるんや、たべにいけへんけ。」といった感じで、面白おかしく遊んでいたのである。でもちょっと難しい女の子がいた。事務の女の子のM美ちゃんである。彼女はバイクに乗るし、私もバイクに乗っているので、「ツーリングいこう」というのだがツン。「ごはんたべにいこう」といってもツンと、なしのつぶてで、遊びほうける片手間に絶対落としてやるとちかったのである。
 そのM美ちゃんは、結構背が高くモデル体系で、髪が長く、何よりすらっとした足をしていて見栄えがした。元々看護婦だったのでオンとオフの切り替えができて、さっぱりして気持ちいい娘だったのである。

●悪魔がきたりて人を刈る
 馴れ初めなんて話してもうっとうしいだけなので以下略であるが、結局私の押し切り勝ちで、妻子もちから強奪して、結婚することになった。もともと私は結婚するように見えなかったので、周囲は相当驚いたらしい。別に身を固めたいとかそういう意味ではなくて、エネルギーを、遊びから再び創作活動に向けたいと思っていただけである。
 そうして会社が借りた寮という名目の借り上げマンションに、かってに同棲し始めしばらく経ったある時、お店で店頭客待ちをしている、どっかで見たことのある、割腹の良い土地ブローカーみたいなおっさんがやってきた。
 「よう。文月君元気?」
 「社長!お元気でしたか?」(だれだっけこのおっさん)
 良く見ると、何と私が会社を出たときの課長である。この課長も結構破天荒な人で、部下の面倒見の良い人なのである。私のことを同じ変わり者同士、結構気に入ってくれていたのであるが、確か転勤になって別の部署に行ったはずなのである。それもあって、ここに骨を埋めることになるだろうな、と思っていたのだ。
 「どうよ、最近。売ってる?」
 「ええまぁ、結構やってますよ」
 「稼いでんだろ、このやろ!」
 「いやいや。値引きしすぎて鼻血も出ませんよ」
 「まぁいいや、とりあえずかみさん紹介しろや。」
 そういうので、事務所から呼んでくると、何やら仕事のことを、いろいろとを聞いている。なんで彼女の職歴が関係あるのだろうと思ったのである。するといういう。
 「どうだ、骨埋めるつもりか?コノヤロ。かみさんなんかもらっちゃって。足フェチだなコノヤロ!」
 「止めてくださいよ!そんなことばらすの!」
 M美ちゃんはどういう顔をしていいのか困った風である。
 「あのよ。また新しいシステムを作るんだ。でもよ、前のシステムのことわかるやつがいねぇんだよ。かみさんの仕事を紹介してやるから、もどってこいよ」
 「はぁ?」
 こちらはそんなことを考えていなかったので、全くもって寝耳に水だったのである。本社に在籍していた頃は、確かに死ぬほど働いた。多分それを覚えているのだろう。その場は保留にして、この話はいったんペンディングになったのである。
 正直にかなり悩んだのである。私自身はここに残っても良いと思っていたし、そう思ってお客さんとは接してきたつもりである。実際お客さんの信用も厚かった。だが、彼女がやりたいことを考えると、今の会社では不遇である。頭も悪くないし、勉強すればいろいろできるはずだ。そう考えた末に、今までのお客さんのことは断腸の思いであったが、神戸後に本社に帰還することにしたのである。


●凱旋、しかし終わりなき戦い
 本社に帰還した私を待っていたのは、優秀営業部員表彰という、本社から出向の営業マンに送られる非常にレアな賞で、しかもそれが社内報にドンとのったものだから、どこに行ってもそれについて誉められる始末だった。しかし、そんな浮かれ気分もつかの間、新しいシステムの開発が始まる。本部隊には入らなかったが、通常業務をこなしつつ、システムに関するいろいろなことを調べてサポートする役だったのである。当然のことながら仕事は2倍ある。しかし、相変わらず不況の会社は残業代も出ず、それでいて帰宅は午前様である。給料は約1/3になり、ありとあらゆる物を切りつめる生活が始まる。しかし、税金は前年の所得にかけられるので、馬鹿みたいに重い。なにか副収入を探すしかない。そしてライター業が復活したのである。2倍の仕事にライター業。もはや寝る暇も無かった。遅く帰ってきたと思ったら、朝まで原稿を書いている。そのうちM美ちゃんの様子がおかしくなってきたのだった。そうやら素行不良だった頃の私を思い出して、いろいろなことを疑っているらしいのである。それはそうだろう。東証第一部にある大企業なのに、馬鹿みたいに残業しても一銭もでないと言う。普通に考えれば浮気をしていると思われても仕方ない。しかも一緒に寝ないので、嫌われていると思い始めたのである。
 ある日家に帰ると、働き始めた病院の話になる。その話の途中で「カリウム注射」をすると、人があっけなく死ぬ話になる。
 ある日会社に行くと、同僚から「神戸が燃えている」といわれ、ぎょっとする。家に電話をするが出てもらえず、しかたなくファックスを送って連絡をくれるようにいう。
 ある日家に帰ると、女の人から電話があった(実はK嶋副編)と言って、怒って馬乗りになって殴られた。
 ある日家に帰ると、また別の女の人(また別の女性編集者)から電話があったと言って、バイクのヘルメットを投げつけられ、家に入れてもらえなかった。仕方なしに車で河原に行って野宿した。
 そうするうちにこのままじゃ駄目になると考え、真剣に転職を考え始めたのである。また、営業マンに戻って、羽振りを良くして、良いものたくさん食べて、海外旅行にもたくさん連れていってあげよう。そう思うようになったのである。


●脱サラ裏話
 そして例の事件を契機に、転職ではなく脱サラをしライターとして生計を立てるようになる。しかし、事務所のほかに自宅を借りたものの、借金返済のために死ぬ気で働き始めると、今度は家に帰る時間が無くなった。6月に引越しをし、家で泊まったのはわずか1日。徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜して、昼の数時間家に帰る。また徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜と言う生活であった。毎晩のように電話をして、一緒賢明働いている。そのうち借金を返したら、またゆっくり暮らそうね、と言いつづけて、一日も早くその日がくるように、がんばりつづけたのである。徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜しながら。
 そして、さらに家に帰れない日が続き、ついに海外取材に行かなくてはならなくなる。パスポートを取りに家に帰ると、どうやらいぶかしがっているのである。さすがに仕事なので、胸を張っていると、今度は居直っていると思い始めたようである。しかし仕事なのでとその場は諭して仕事場に変える。当然海外取材のしわ寄せでまた、徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜徹夜と続けて働いたのである。まぁでもこの頃になると、割と聞き分けは良くなったので、そのうち儲かったら、遊びに行こうね、というと、うん、と言ってくれていたのである。
 ライター稼業に盆暮れはない。それは12月も押し迫った頃、年末進行の名のもとに、1日2時間睡眠ぐらいで原稿を書きつづけていた時である。元旦ぐらいは家に帰りたいものだ、と思いつつ、時間も夜の12時を過ぎて疲れたので、ちょっとだけ休憩を取ろうと思って、電話の子機を持って仮眠部屋に行ったときである。電話が鳴ったので出るとM美ちゃんだった。
 「あぁ、元気にしてる?」
 「・・・・今日何の日か知ってる?」
 「・・・今日って、何日だっけ?」
 「もういいワ!」
 「へ。」
 「あのね、話があるんですけど。」
 「なに?」
 「・・・籍、抜かしてほしいんですけど。」
 時は元旦8日前、ジングルベルの鳴り響く夜だった。
 そうして私はバツイチになったのである。
 あるライターの哀話でございました。

「小説版・世紀末のカストラート〜あるライターの哀歌〜」の出版を請け負ってくれる会社を探しております。印税はすべてM美ちゃんにあげる予定ですので、よろしくお願いいたします。