カストラート第12回
パラオのカストラート

●12月9日パラオ
 ここはグアム。トランジットの為の待ち時間である。パラオはグアムよりさらに南、北緯7度にあり、日本との時差は0、人口1万5千人ぐらいの島で、以前はアメリカの信託統治領だったが、現在では独立国である(ちょっと勉強したぞ)。で、小さな島なので、日本からの直行便はない。そのためにトランジットでグアムの空港にいるのである。しかしパラオに行くまでもなく、既に雰囲気は南の島である。道いくおねぇちゃんが、へそだしホットパンツで歩いている。あぁ生きててよかった。
 しばらくして少し小さめのDC-10に乗り、一路パラオへ。空港に着くとそこはむっとした南の島の空気だった。空港の建物が平屋でも、空港前の道が砂利道でも、迎えのバスにナンバープレートがついていなくても、途中の道路が落ちていてはしけに乗り換えなくちゃいけなくても、首都コロールがすっごい田舎でも、全然気にならない。だってリゾートだもの。でもホテルには正直、ちょっとまいったかな。まるで場末のビジネスホテル以下。しかも一階は雑貨屋。ほんとにもう!。でもまぁお湯が出て(ときどきとまるけど)、エアコンが効いて(すっげぇうるさいけど)、電話がおいてあれば(黒電話だけど)いいか。この日は疲れて寝ることにした。

●12月9日・編集部
サイトウ:N右さん。ふづきさん逃亡したみたいです。
N右:いいじゃん。ゲラチェックのための、FAXのやり取りだけだもん。FAX番号教えてもらってるし。たまには休ませてあげなくちゃ。
サイトウ:でも、ホームページとか、完全に失踪したようになってますよ。
N右:だいじょぶかなぁ。うん、多分だいじょうぶだよ。(楽天家)


●12月10日・パラオ
 翌朝6時には起床。7時にはダイビングショップの迎えのバスが来て、出発である。いやはや、普通6時なんて寝る時間である。朝日を浴びるなんて、とっても人間らしい一日のスタートだ。今回の目的はF社のデジカメとその水中パックのテストなので、そのセットをもってダイブするのだ。ところでパラオダイブリゾートであって、マリンリゾートでない。「浜」がないのである。浜がなければ、必然的に海へのエントリーは99%がボート。ストイックである。しかし水の中にはそういったさまざまなハードさを補ってあまりある物があった。日常の部屋に篭った生活と、南の島の生活の落差も激しかったが、陸の上と海の中の落差も激しかった。静寂と、自分の呼吸音のみが聞こえる世界は、精神集中し、座禅を組んで自分の中に沈んでいく、その感覚と似ている。雪崩のように押し寄せてくる魚、カメ、体当たりしてくるほどなれた巨大なナポレオンフィッシュ。言葉で形容しようの無い物を、カメラに記録しようとするのである。あぁ、借金してもやってきてよかった。そう思った訳である。
 デジカメで撮った写真は、陸に上がればみんなで見放題である。通常のカメラだと現像に出す手間がかかるが、デジカメなら即座に見られる。魚の名前を覚えるにしても、記憶が薄れないうちに呼び出せるので、ばっちりである。一緒にいた女の子にも受けて鼻高々。
 夕方5時にはホテルに帰る。本当に健康的。フロントで何か連絡が入っていないか、と聞いたが、別に何もないという。DOS/V magazineのゲラも遅れているのだろう。仕事の事は忘れて、とりあえず知り合ったおねぇちゃんたちとお食事である。生きててよかった。仕事は、あしたすればいいか。

●12月10日・編集部
サイトウ:N右さん。ファックスしているんですが、ぜんぜんつながりません。
N右:え?。とりあえず、ホテルに電話してごらん。
サイトウ:はぁ。
N右:大丈夫大丈夫。リゾートだから、日本人スタッフがいるって。
サイトウ:・・・つながりましたけど、英語しゃべっているみたいでわかりません。
N右:イッ!?


●12月11日・パラオ
 今日も海は綺麗だった。パラオはダイビングだけの島なので、ダイビング以外することがない。ダイバーにとっては純粋にダイビングを楽しめる楽園なのだ。今日はおねちゃんと約束できなかったので、やることも無くちょっと仕事をする気になる。そう言えばファックスきてなかったな。とりあえずメールでも見るか?
 まず、件の黒電話を見る。黒電話なので当然モジュラージャックではない。こんなこともあろうかと、きちんと据え置きモデムと音響カプラーを持ってきてあるのだ。音響カプラーの場合、ダイヤルしてからパコッとかぶせてやればよい。で受話器を取る。音がしない。0を回して見る。音がしない。叩く。うんともすんとも言わない。困ってフロントにいくと「今は客室からはかけられない」と平然という。
 「じゃぁ電話を貸してくれ」
 「いいよ。何番だ?」
 「自分でダイヤルするから貸せ!。」
 「だめだ。コレクトコールじゃなきゃだめだ。」
 何処の世界にコレクトでかけられるプロバイダーがあるんだ。話にならん。
 「公衆電話は何処にある。」
 「むかいのショッピングセンターと、空港にある。でも国際電話はかけられない。」
 「あぁ?」
 やる気が無くなった。その日も寝ることにした。便りがないのはいい便り。多分大丈夫だろう。ぐぅ。

●12月11日・編集部
ついにアンディ・スミス動員
アンディ:Ah,I see. なんか、ファックスの電話が間違っているって言ってるッスね。別の番号に切り替え式のがあるそうです。
N右:じゃぁそこにかけるから教えてくれ!。
アンディ:でも、操作法方がわからないって。
N右:ガァ!。じゃあ部屋に取り次いでくれ!。
アンディ:部屋番号は何番だって?
N右:知らないよ!
アンディ:でも部屋番号がわからないと、取り次げないって。日本人の名前良く分からないって。
N右:キー!斎藤君メール打ってるの!
サイトウ:失踪したってホームページに書いてあるのに、メール読まないでしょう。

●12月12日・パラオ
 しかし、捨てる神あれば、拾う神あり。次の日、ダイビングショップで事情を話すと、事務所の電話を有料で貸してくれることになった。なんとモジュラージャックもある。ここでは、ハワイにもグアムにも回線の具合が悪く接続できなかったので、結局海外にいながら、日本のプロバイダーに電話し接続。来ていたメール数10通。最初の数通は読んだのだが、オンだと電話代がかかるので、回線を切る。それでも10数分で7千円ほど電話代がかかった。とりあえずDOS/Vからの連絡はない。まぁ、FAX番号は教えてあるから良いか、残りの滞在期間中は電話するのを止めようと決めた。みんな南の島の空が青いせいなのだ。借金も、来月のクレジットの支払いもみんなみんなさようなら。アデュー。

●12月12日・編集部
 年末進行のくそ忙しい時期に、残されたページはフヅキの担当ページだけになった。


●12月15日
 日本に帰ってきて、真っ黒に日焼けした姿で編集部にいくと、副編集長のN右氏が泣きと怒りの入り交じった顔で駆け寄ってきた。とうとうと連日状況を説明されたのである。
 はっはっはっ!。「今回は不幸になったのは私だけではなかった。いつもいじめやがってザマーミロ」と心の中で思ったら、ばれてしまったらしく、正座してゲラをチェックさせられた。ちょっとうれしく、ちょっと悲しかった。

 これが、私の、1996年年唯一のバカンスの思い出である。焼けた肌と、借金。それが今年の成果だった。来年もきっと不幸だろう。

後日談
 先日F社の新型デジカメが発表され、展示会に行った席のこと。例の担当者がよってきて、「また水中パック作りますから、ぜひテストしてくださいね。」といわれた。借金しても多分行くんだろうな。今度も。