脱サラのカストラート2

●口は災いの元
 その後も財政は苦しかった。脱サラして専業ライターになったので、今までの3倍は仕事をしだしたのであるが、その分出て行く事も多かったのである。
 誤解のないように言っておくが、私「文月」は、決してテクニカルライターでも、コメディアンライターでも、(佐藤イツキさんと対決する)肉体派ライターでもない。本当の本業はCGアーティストなのである。当然の事ながら、CGというのは非常にお金のかかるモノで、会社でもなく個人で投資するには働いても働いても金が足りないのである。ちなみに事務所にはマシンが15〜20台ほどある。そんなにもマシンが多い理由は、今後のCGの潮流となる、ネットワークを用いた分散レンダリングの為である。今までのCGは、映像をレンダリングする時は単体のマシンでレンダリングする事で基本であった。しかし、これを複数のマシンで分担して実行できれば、単体のマシンに多大なコストを投資してマシンパワーを得るより、より低コストでより多くのレンダリングパワーを得る事ができるのである。
 もちろん、コストダウンの為の努力もしている。うちにあるマシンは1台を除いてすべて私の手作りである。実際、現在秋葉原では、どんなに頑張っても手作りのマシンとショップブランドの値段が、ほぼイコールにしかならないが、私の場合、多くの編集者がもてあましているパーツを「中古パーツ買うよ!中古パーツないかねぇ?」とダミ声で回って、安く買いたたいてくるものだから、モノの数万でマシンが作っているのである。買うものといえば、CPUとメモリだけである。だから、単純に考えたマシンの台数よりはコストがかかっていない。
 しかし、一応オペレーティングするためのメインマシンはハイパワーでなくてはならないし、画像データを管理しておくためのサーバーには信頼性の高いサポートのある部品を多く使わなければならないので、結果的に高い金がかかりヒーヒー言うのだ。特に量で勝負のハードディスクの容量はすさまじく、この前計算してみたら、うちの事務所だけの30GBを超えていたほどだ。コマゴマとした周辺機器もコストがかかる。画像処理ソフトを触るためは、オペレートするすべてのマシンにペンタブレットを。いろんなプラットフォームでインターネットに接続してテストするためにたくさんのモデムを。移動しながら原稿を書くためのノートパソコン(ハイパワーマシンを買うと、いざと言う時このマシンもレンダリングに使える)を。画像家業のため、良いモニターとグラフィックカードなどなどを。
 こんな事を書いていると「全然貧乏じゃない」と思うだろう。では、どれほど貧乏自慢をしよう。私はこの2年服を一枚も買ったことがない。しかも身につけるもので、時計(3万円)以外に1万円を超えるモノはない。ちゃんちゃんこは10年来愛用だし、お気に入りの青いブルゾンは12年使っている。さっきの時計だって12年だ。先日雨が降る中を歩いて、初めて靴に穴が開いているのを知った。しかも代わりの靴はない。その靴も1足500円だった。本当に貧乏話には事欠かない。あまりに切なくて岡林信康の「チューリップのアップリケ」を歌っていたら、若作りの40代と間違われた。しかも飯を食わなくてもやせない体質なので、誰も貧乏を信じてくれないのである。


 さて、貧乏自慢はこの辺にして、F社に訪問してからしばらくの時間が流れた。その間にも、F社からは、APSについて知りたいというとAPS現像機の講習を受けさせてもらい、デジカメについてわからない事があれば技術者を紹介してもらって会談し、店頭での状況を調査したいというと取材先の紹介もしてもらった。繰り返すようであるが、この間一度も「我田引水」の雰囲気はなかった。見上げたものである。例えば、デジタルカメラの機構としてAという手法とBという手法があったとしよう。F社はAを採用しているのであるが、このAとBを含む全般の技術について質問すると、AもBも分かるまで徹底的に説明される。その上でどちらが良いかを判断するのは「私」という事なのである。自社の技術について絶対的な自信があるのかもしれない。あるいは、いまだカメラという技術に造形の深くないパソコンライターに、より見聞を広めてもらいたいという気持ちがあるのかもしれない。が、少なくとも、Bという技術を説明する必要はないのである。この辺にフェアな雰囲気を感じるのである。所詮ライターといってもスーパーマンではない。こういった見聞を広められる話は非常にうれしい。この心を汲み取ってくれる心もうれしいのである。
 さて、そんなこんなで時間が流れた秋口のある日。先だって会食した技術者の一人から、メールが届いた。「お渡ししたいものあり。連絡とられたし」との事である。なんだろうと思いつつ、連絡を取って出向く事にした。メールでは話ができないというのである。
 指定された期日にF社に出向くと、件の技術者が、笑いながら紙袋を渡してくれた。中を見ると、プラスチックの弁当箱が入っている。
 「これは・・・・、なんですか。」
 技術者はニヤリと笑ってこういった。
 「お約束の、水中ハウジングです。」
 なんと、水中デジカメの言葉どおりに、F社のデジカメを水中で使うための、密閉式BOXだったのである。かなりごついのは、まだ完全な試作品なので、ボディ全体を箱で被い、スペーサーを使用してBOX内部に固定しているからである。実際にその場で持っていたデジカメを内部に入れてみると、透明なボックスの為、キチンと液晶が見える。水中で写真を撮る場合、水中マスクをするためファインダーが見にくいのが難点なのであるが、このように液晶が丸見えになるならば、わざわざファインダーを覗き込む苦労が無くなる。かなり有効な機器となるはずである。
 「あ、ありがとうございます。で、これ、雑誌で紹介しましょうか?怪しいグッズとして」
 「いえいえ。まだ試作品ですし、実際には外部メーカーさんが持ち込まれたものです。とりあえずは先日のお約束どおりに、テストお願いしますね。南の島で。」
 「イッ!?」
 「なんせ、当社もこの御時勢、緊縮財政でして、海外遠征しにくいもので・・・」
 海外、海外・・・・。そうだ、水中デジカメがあったら、南の島にいっちゃうゾとか口走った覚えがある!。この、お仕事テンコモリ、貧乏ひまなしでいつ行くんだ?。しかしライターは信用だ。ライターに二言はない(ウソ度50%)。ライター締め切り守る(ウソ度90%)。ライター嘘つかない(ウソ度100%)。
 「も、もちろんですよ。今月はちょっと難しいですけど、必ず南の島で撮ってきます。おねぇちゃんなんかばっちりって感じで。あはははぁ。」
 私は心で泣いていたのである。でも、約束である。行くしかあるまい。



 実際のところ、その後2ヶ月半は出かける事ができなかった。仕事が非常に忙しかったからである。しかしその2ヶ月は致命的だった。水中ハウジングを受け取ったのが秋口、今はもう冬である。ダイビング雑誌を買ってきてみると、ほとんどの手ごろなダイビングスポットは既にオフシーズンに入っていた。今潜ると、それなりに寒いらしい。ダイビングは水の澄む冬が良いというが、それはイコール寒いという事でもある。では逆に南半球に目を向けてみるとハイシーズンではあるのだが、いかんせん費用が20万円〜30万円となってしまうためしゃれにならない。そんな金があったら、Pentium Proを買う。何とか安く、しかも寒くない場所を探さねばならない。
 そうやってウダウダしているうちにさらに時間が経っていった。例の技術者からは時々メールが来て「どうですか、どうですか」という。M田氏からは、発表会など出会うたびに「どう?潜った?俺が若いころはさぁ、徹夜したあと、モデルさん連れて伊豆の海に・・・」と突っ込まれる。分かっている、すべて自分が蒔いた種である。しかし、今もって月末には通帳の残高が1桁万円に落ち込む私は、どうすればいいのだろう。
 そう思っていると、広告局経由で書き下ろし小冊子の仕事が回ってきた。しかもギャラもそれなりに良い。この仕事をやれば、ダイビングをしてお土産を買っても、まだおつりが帰ってくる。じゃぁ、という訳で打ち合わせに行って、詳細を詰める事になった。
 「デジカメの小冊子ですよ。特定の機種を紹介するやつ。文月さん得意でしょうデジカメ。」
 特定の機種?嫌な予感がする・・。
 「うっ。あぁ、もう。眠っていても書けまっせ。もちろん内容もばっちりや。で、ちなみに何処のメーカー?」
 「R社のぉ・・・」
 私にも、一瞬、罪の意識はあったのだ。それだけは分かって欲しい。でも、半年間一生懸命働いて、いつも月末には通帳の残高は1桁万円。魔が差したとしても仕方がないだろう。
 「・・・やりまっ・・・」
 R社の金でF社の水中デジカメパックのテスト。いや、でも私の財布に入れば、私の金だ。うぅ。でも良心の仮借がぁ!。
 次の瞬間、私の口を衝いて出ていた言葉はこうだった。男文月、苦渋の選択である。
 「・・っせ。そのかわり、あのキャラクターの、足の長い女の子に合わせてな。それが条件や。」
 こう言えば、無理だろう。たかがライターがアイドル予備生に合わせてもらえるはずがない。これならば義理と言い訳が立つ。
 「いいっすよ。来週Yahoo!Internet Guideに来るし。」
 ギャフンである。こうして私はアイドル予備生のH田S乃ちゃんと仲良くお話しをし、南の島への1ステップを踏み出したのである。F社ならびにR社の皆様にお詫び申し上げます。ゴメンチャイ。でも、私も少し、人並みの生活をしたかったんです。もうしませんから許してください。ごめんなさい。ごめんなさい。M田さん、ライターを午前中に呼び出すのは勘弁してください。

 次号、ライターは時間を空けられるのか。原稿は落ちるや、落ちざるや。