脱サラのカストラート

●脱サラはしたけれど
 何とか脱サラはしたものの、依然財政は困窮状態にあった。一応事務所のこけら落としをし、東京在住の友人たちがたずねてきてくれたのであるが、だだっ広い部屋に運び込まれた本の山、器材の山、がらくたの山、などなど、ほとほと感心するやらため息をつくやら。3LDKの広い事務所のはずなのに、最終的には寝る場所はほとんど無く、集まった面々もレゲエのおじさんよろしく、段ボールの隙間に座るくらいだった。
 それもそのはずである。以前住んでいた社宅の部屋では、6畳間を作業部屋にしていたのであるが、人が立つ事ができたのはわずか1畳分。しかも部屋の壁から足元までは三次元的にモノが積みあがっており、まるで亜空間の様相だったのである。それに加えてトランクルームから底面4畳半、高さ1.5mの荷物の山が運び込まれたのだから、いくら3LDKと言えどもひとたまりもない。あっという間に部屋は満杯。しかも押し入れは封さえ開いていない本の段ボールがぎちぎちに詰まっているのである。その上に引越し数日たつと、ヤの字の職業らしき方から、弁護士、債権者、督促状、請求書、裁判所からの呼び出し、宗教の勧誘と、前の住人の業を一身に背負ったように、来る人来る人に私が前の住人とは関係の無いことを証明しなければならないのである。そんな私をかわいそうがって、友人たちがカンパしあって、クーラーを買ってくれた。涙涙。しかしカンパといっても一応借金の形なので、数百万の借金を持つ男としては、さらに「金なら返せん」だし、招かざる来客にも「金は返せん」。金カネかねで頭がおかしくなりそうだった。
 そう、これを打開するには仕事をするしかない、そう心に決めて、半ボランティアとしてアルバイトに来てくれた山チと一緒に、毎日鼻血が出るまで原稿書きをするのだった。
 その甲斐あって、従来のCGの記事の他に、各雑誌から多種多様な原稿の依頼。加えてカメラ好きの素地を生かして書いたデジタルカメラの記事が結構各方面にうけたらしく、お褒めの言葉をいただく事も結構多くなっていた。


●まずい事書きました?
 ある日編集部にいくと「姐さん」ことK嶋副編集長が手招きをする。最近S地副編集長からバトンタッチしたN右副編集長が手招きすると、ろくなことがないが、姐さんが手招きするときは大体いいことだ。なんかくれるとか、ご飯おごってあげるとか、そういう事が多いのである。ほいほいと席にいくと、何やら1枚のメモを取り出した。
 「この人がね、文月さんにどうしても会いたいって言うのよ。連絡してあげてね。」
 「おおおおお、女の人ですか?」
 「キー!。私というモノが有りながら」と扇子でピシャリとやられてしまった。余談であるが、姐さんは御歳30とn歳ではあるが、独身バツナシで、若いころは結構浮き名を流されただけあって、美しくてあらせられる。よく黒い服をお召になってたばこを吸いながら(スヌーピーの湯飲みで)梅こぶ茶をすすっている姿は、それはそれは大人のオンナと言った感じでゾクゾクするのである。夢は、と聞くと「喪服で帯をくるくるされる事」とウケもばっちりである。時々「私の言うことが聞けないの?」バリにお見せになる毒は、ベテランライターも●●●●●なほどである。
 余談はさて置きメモを見ると、いつもこき下ろしているデジカメメーカーF社の広報担当の方である。さては原稿にまずい事書いたかな、と思いつついやいや、DOS/V magazineではデジカメは主に佐藤イツキ師匠が書いているはずなので、いったい何だろうと思いを巡らすのだ。
 「姐さん。これって呼び出スかね。」
 「さぁ、どうでかしらぁ。でもツラかせって言うはなしかもね。」といって扇子をパタパタやっているだけである。どうやら姐さんは防波堤になってくれそうもない。もじもじとしていると、仕舞いに
 「もう!さっさといっておしまい!」
 と激を飛ばされてしまった。自分がまいた種である。仕方ない。


●こき下ろしてゴメンチャイ!
 事務所にかえって、ひとしきり言い訳を考えてから、受話器を取って電話する。
 「いつもお世話になっています。SOFTBANK社DOS/V magazineのライターで文月と申します。M田さんはいらっしゃいますでしょうか。」
 「あ、少々お待ちください。」と行った向こうでM田部長と呼ぶ声がする。つい最近も某雑誌がメーカーをこき下ろす記事を書いて、編集部全員土下座にいった雑誌社があった。思わずその光景が目に浮かぶ。万事休すか。
 「もしもし、F社のM田です。文月さんですか。」
 「す、スミマセン。このたびは・・・」
 「なにが?」
 半分台詞をひったくるように、なにが、である。げっ、このパターンって『てめーなんで怒られているか分かっているのかよ』じゃないのだろうか?。
 「え、記事の・・・」
 「へ?。」
 「・・・・記事じゃないんですか?」
 「いや、飯のお誘いなんだけど。」
 M田氏は声がフラットなだけで、全然怒ってなどいなかったのだ。ただ単に、ライターとのコミュニケーションを深めたいという事らしい。しかも接待というのではなくあくまでも昼飯でも一緒にという健全な形で、である。私としても、メーカーにいろいろ聞きたい事があったので、これは良い機会と、お誘いに乗らせてもらう事にした。
 「ぜひ、今後デジカメがどうなっていったらいいか、といった話題について忌憚のないご意見などを伺いたい。どうぞ!よろしく!。」
 話を聞くと、先方はどうやら私にアクセスするのに手間取ったらしい事も分かった。どっかの編集部にせき止めているやつがいるな。まぁ、それでも一応メーカーと会話する機会が得られたので、それはこの際水に流すことにしよう。


●いったいこれはどういう事で?
 指定された期日、昼前にF社のロビーで待ち合わせした。表れたのは眼鏡をかけた、いかにも社交的な豪快に笑う紳士であった。電話のフラットなトーンとは異なって、実に良く笑い、よく話すのである。他にも合流する方がいるらしく、しばらくロビーで待っていると、一人また一人と現れる。
 「あ、彼は開発のA君。かれは広報のB君。C君は遅いなぁ」
 「M田さん。DさんとEさんは先に店に行っているそうです。」
 一体私相手に何人くるんだ。まさかフクロにされるんじゃないのか、と思っていると、あれよあれよという間にご一行様となって食堂に流れる事になった。しかも、私が昼食会に参加したのではなく、私のためにスケジュールを開けてくれているのである。しかし、食堂に入って話をすると、決してこびているわけではない。食事をしながら、私の意見を聞き、実にはっきりと自分の意見も言う。意義にある会合なのである。全然懐柔しようとか、そういった雰囲気はない。うれしい。私はこういった会話をしたかったのだ。ユーザーの意見を吸い上げようとするメーカーが、純粋に好きである。私自身が以前居た会社は、業界2位なのにユーザーの声一つ汲み取ることができないメーカーだったので、純粋に嬉しく思うのだった。
 「で、文月さんは、今後デジカメはどういった展開をしていけばいいと思いますか?」
 開発者の一人がいった。
 「そうですね。どうせなら、デジカメ市場で何か一つ、このメーカーにしかできないって言う事を持ったものが勝ちだと思います。例えば水中カメラにおけるNIKONOSのように、水中デジカメなんかどうですか?。そんなのがあったら、南の島にテストしに行っちゃうなぁ。自腹でも。」
 「文月さん、ダイバーなんですか?」
 「えぇ。ばっちりダイバーです。」
 今思えば、この言葉が命取りだったのである。口は災いのもと。馬鹿は死ななきゃ直らない。あぁ借金はいつ返せるのだろう。次号(借金は)積むや積まざるや。