茫然のカストラート
●第7日 安息日〜その2〜
なんで動かないのか、全くわからない。とにかく、ファイルが無いと言われるだけである。何度押してもそう。顔面蒼白。お先は真っ暗である。
とにかく事態を打開しなくてはならない。と言っても残すところタイムリミットまで5時間。そのうち2時間は移動である。そう移動。車はK嶋副編集長の「乗ってきちゃ、ダ・メ・ヨ。」なので、パス。いやこれはかえって好都合である。移動中の電車で何かはできるからである。とりあえず2時間なら、ノートPCの電池が、最も持つぐらいの時間である。よし、という掛け声とともに、他紙のロードテストで手元にあった、CD-ROM付きヘビー級ノートに、ホームページのすべてを叩き込んで出発する。いざ行かん、日本橋浜町!。
電車に乗ってPCをひらく。いや開こうと思ったが、席に座れなかったのである。しかも、ノートは3kgは有りそうで、とっても手に持って作業はできない。そうこう言っているうちに、一本目の電車、相鉄線が終点横浜につき、京浜急行に乗り換えとなった。京浜急行もさすがに混んでいてPCを開くことができない。うーうー。時間だけが過ぎて行く。
●ザ・ウルトラ・スーパー・ドロナワ
仕方ない。かくなる上は、例のお助け編集者のところに行って、その場でこっそり助けを仰ぐしかない。しかし問題は、その人のいる編集部が、DOS/V magazineの隣にある事である。はたしてDOS/V magazineの誰にも気づかれずに、その編集部までたどり着けるのだろうか・・・。とりあえずソフトバンクの近くまで行き、件の編集者に電話をかける。
「動かない?。それはまたどうして。」
「いや、ファイルがないって言われるんですわ。」
「文月さん。UNIXを触ったことは?」
「ありまへん。」
「じゃあ、あれだな。今から言うことを良く聞いてくださいね。」
「はい。」
「文月さんがアクセスしてホームページをアップしている場所は、DOSではなく、UNIXの領域です。」
「はい。」
「Ws_FTPを使ってアクセスしている限りにおいて、あまりコマンドとかは意識する必要が無いのですが、ファイルの管理の仕方に違いがあるのです。」
「はい。」
「1つ目。Windows95では、大文字と小文字が使えますが、実質的には大文字と小文字の区別をしていないので、同一名大文字小文字違いは共存できません。しかしUNIXではできます。2つめはディレクトリを意味する文字が違います。日本語Windowsでは円マークですが、UNIXではバックスラッシュです。」
「あの斜め棒でしょ。」
「そう、それも右上から左下へ行くやつですよ。注意してください。フォントによっては、左上から右下へ行くスラッシュもありますから。」
「え、じゃあ、違う文字にしてもうたら、ブラウザーがローカルのファイルを読まれへんようになるんじゃないんでっか?」
「大丈夫。言う通りにしてください。」
ここで一端電話を切って、駅の近くのマクドナルドに行き、言われたところをチェックする。出るわ出るわ。ミスだらけ。<IMG SRC ="GIF\UZU.GIF">などは、実際に存在するファイル名称がuzu.gifなので、ファイル名も、ディレクトリの指定の仕方も間違っていた。正しくは<IMG SRC ="gif/uzu.gif">なのである。いや、ディレクトリの文字に関しては、なにかおかしいとは気づいていたのであるが、\は英語フォントで指定すると(スラッシュ)になるので、それと見間違えていたのである。お粗末な話である。これを修正して、今度こそ完璧と思いきや、今度はホストにアップロードする環境が無い。
仕方無しに意を決してソフトバンクに地下から進入。運搬用エレベーターからアクセスすることにした。ここなら見つかるまい。上りを押し、階を指定し、ついてガラット扉が開いたら、そこにK嶋副編集長がいた。隠れてたばこを喫っていたようである。視線が合い、私は石になった。
「あら、早いじゃない。」
「うっ!・・・・わ、私は空気・・・」
K嶋副編集長は私を見据えると、ニヤッと笑って、思いっきりたばこの煙を顔に吹きかけた。
「なにか、見えたようだけど、気のせいかしら。」
そう言うと、ハイヒールの音も高らかに、モンローウォークでその場を立ち去っていった。背中からじっとり汗の感覚が伝わってくる。あの人、だたもんじゃない。でも、とりあえずは見逃してくれた・・・・。
急いで隣の編集部に行き、例の編集者の側まで行く。
「あれ、ふづっ。うぐっ!。」
「声がでかい!。ちょっと助けて。」
「どっかの締め切りをブッチしているんですか?」
この編集も、にやにやと笑っている。全く編集ってやつは。とりあえず、動かない実状を説明して、編集部の電話を使ってインターネットにアクセスさせてもらうことにした。ホストに接続、Ws_FTPでファイルをアップロードする。そしてブラウザーで呼び出し!。しかしまだ、ファイルがないと怒られる。
「うごかへんねん。」
「どれどれ。見せてください。」
彼は、ブラウザーを見て、そしてWs_FTPを見る。
「プロバイダーはどこですか?」
「リム・ネット。」
「なるほど。」
「わかったん?教えて教えて。」
「文月さん、リム・ネットの接続マニュアルきちんと読んでいないでしょう。」
「いっ!?」
「リム・ネットでは、プロバイダーと契約して接続した場所に、public_htmlというディレクトリを掘ってから、HTMLファイルをアップロードしてください、と書いてあったんじゃないですか?」
「そうかも・・・」
すっかり忘却の彼方になっていたが、たしかにそういった記述があったような気がする。Ws_FTPで接続した瞬間に、きっちり頭から消え失せていた。マニュアルを読まないのは悪い癖である。
「もう一度、ディレクトリを掘って、その中にファイルを転送してください。」
言われた通りにファイルを転送すると、無事ブラウザーで呼び出すことができた。感動である。涙がこぼれそうになった。
「ん、DOS/V magazineホームページ。これって、隣の・・・」
「わー!わー!。見んとって!。」
その時、また、けたたましく携帯電話が鳴った。
「もしもし?。S地ですけど。今どのへんです。」
「今は、ホームページを、じゃなくて、もう駅に付きましてん。もうすぐ登場しますわ。」
電話の声と全く同じ声が、ついたて越しに聞こえてくる。こっちの声を聞かれてはいけないと思い、受話器を覆ってしゃべった。電話を切り、速攻でNiftyに接続し、著作権の問題のなさそうなクラシック曲をダウンロードして、インターネットエクスプローラー版のホームページに貼り付けた。サウンドも、ノートのマイクを使って録音し、同じように貼り付けた。この間、わずか10分。大文字小文字のチェックをするだけで、画面をロードするまもなく、そそくさと荷物をたたんで、さも今ついたように、ついたての向こう、DOS/V magazine編集部に乗り込んだ。
「あっ、文月さん。待ってましたよ。」
S地副編集長が私に気づいて声をかける。
「あらぁ。早かったのね。」
とはK嶋副編集長の弁。
「やぁ、S地さん。お待たせしてしまってもうわけありまへん。」
「どうですか。出来は?」
「もうばっちりでっセ。」
「じゃあ見せてもらいましょうか。」
URLを告げて、S地副編集長のマシンでホームページにアクセスする。すると無事画面が表示され、音楽が流れた。流れたが、その音楽は、何と讃美歌。しまった、よりによって・・・。
「んー。厳粛で良いんじゃないですか。さすがクリエーターですね。ねらうところが違う。画面もかっこいい。」
「ライターだものね。どんな手段を使っても、締め切り前にあげるのはたいしたもんね。」
そういったK嶋副編集長の目は、獲物をねらった虎のように、きらりと光っていた。
こうして、DOS/V magazineのホームページは無事起動したのである。私も干されることはなく、DOS/V magazineのライターの一人として、名を連ねることができるようになったわけである。
この後飲み会となったのであるが、開始30分後からの記憶は不確かである。飛び飛びにしか記憶が無い。
K嶋「文月!。おい、おまぇ!。合格ぅ合格ぅ!」と言いつつ、ビールビンで私の頭をゴンゴンとやる。
ブチッ
S地「僕のホームページも作ってくださいね。ガーンとね。頭はBMW、心はプジョー。そんで持ってあそこはフェラーリっとな!」腰を振って歌いながら踊る。
ブチッ
K島編集長「いつもながら、その飲みっぷり、んー芸術的ですね。」
K嶋「まーかせてくだざい。これでも業界一若くて、業界一綺麗な福変なのよ私!」
ブチッ
S地「・・・死んじゃえばいいのに!」
K嶋「そんなこと言う!私もう帰る!」
文月「あはははは!。K嶋さんそっちトイレ。」
ブチッ
文月「あーK嶋さんが、生け垣につっこんである〜。」
K島編集長「さようなら〜。」
K嶋、生け垣から手だけ出して振る。
ブチッ
K島編集長「文月君。多分この電車に乗っていけば、文月君の家に着くはずだから。ばいば〜い。」
文月「あ〜、電車がオレンジ。」
ブチッ
気が付いた時、そこは山奥の全く知らない駅だった。駅前には数台のタクシーと、全く人気の無いロータリー。ここは誰?私は何処?。
冬の真っ只中、財布の中には3千円。このままここにいても凍えてしまうだけである。何処かを目指して私が歩き出した。歌いながら。その歌はカストラートの声のように、田んぼの広がる道々に響き渡るのだった。
第一部・完